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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6579号 判決 1961年7月31日

原告 小林周平

右代理人 新谷春吉

右同 高梨克彦

被告 王子信用金庫

右代表者 堀江松五郎

被告 社団法人東京銀行協会

右代表者 上枝一雄

右両名代理人 竹内元三

右同 大森清春

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

被告信用金庫が信用金庫法によつて、預金又は定期積金の受入、会員のためにする手形の割引、その他同法に定められた業務並びにこれに関連する業務を行うことを目的として設立された法人で、板橋区三丁目三四番地に板橋支店等を有し、現に事業を行つていること、被告社団法人東京銀行協会は、銀行業務の改善進歩を図り、一般経済の発展に資することを目的として設立された社団法人で、その定款第四条第二項により、東京手形交換所の名において、社員銀行の収受した手形小切手等の交換決済を行うものであること、は、当事者間に争いがない。

原告が、昭和三三年四月一〇日、豊島屋にあてて、額面金三一六、五六〇円、満期同年六月一七日、支払場所王子信用金庫板橋支店、支払地及び振出地とも東京都板橋区とする本件手形を振り出したことも、当事者間に争いがない。

証人小林昭次の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、豊島屋は、本件手形を黒川商店に裏書譲渡し、黒川商店は、埼玉銀行を通じてこれを交換に廻し、期日に支払のための呈示をしたが、原告は豊島屋との間で本件手形は豊島屋において落とす旨の約束があつたためその支払をせず、又豊島屋もその支払をしなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

成立に争のない甲第一号証乙第三号証に弁論の全趣旨を総合すれば、支払銀行である被告金庫は、支払期日の同年六月一七日附で、「支払人当金庫に出頭せず、且つ契約不履行につき応じ難い。」旨の附箋を下げて、翌一八日、自己の交換受託銀行である三菱銀行の手を経て持出銀行である埼玉銀行に本件手形を返還したので埼玉銀行は同日東京手形交換所に本件手形の不渡届を提出した(埼玉銀行が同日不渡届を提出したことは当事者間に争いがない。)ことが、認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、原告は、直ちに右手形金に相当する金員を保証金として被告金庫に提出して、本件手形の不渡による取引停止処分が発せられないように依頼したことは、当事者間に争いのないところ、右原告の依頼を受けて、本件手形金に相当する保証金を受け取つたことによつて、原告と被告金庫間には、「本件手形の不渡により、原告が銀行取引停止の処分を受けないように被告金庫において手続をする。」ことを内容とする委任又は準委任の契約(以下単に「委任契約」という。)が成立し、この委任契約に基いて、被告金庫は、東京手形交換所に対して提供金を提出して異議の申立をし、或いは、異議申立の必要がなくなつて異議申立提供金の返還を受ける場合には、善良な管理者の注意義務をもつて一切の手続を進めるべき義務を負担するに至つたものと解するのが相当である。

被告金庫は、右の契約に基き、原告から受け取つた保証金と同額の金員を自己の名において東京手形交換所に提供して、交換規則第二一条第二項による異議の申立をなし、取引停止処分の猶予を得たことは、当事者間に争いがない。

一方、本件手形金の支払を拒絶された黒川商店は原告を相手として東京地方裁判所に本件手形金請求の訴を提起し、昭和三三年一一月二七日、黒川商店勝訴の仮執行宣言付の判決言渡があり、原告は、更に東京高等裁判所に控訴したが、昭和三四年六月二九日控訴棄却となつて、右判決は確定したことも、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二、三号証、証人鈴木清の証言によれば、黒川商店は、昭和三三年一二月一七日、右勝訴判決に基いて、原告から被告金庫を通じて被告協会に預託した金員の返還請求権を差し押えたことが、認められ(この認定に反する証拠はない。)、更に、昭和三四年七月三日、東京地方裁判所より右差押債権の転付命令を得、右転付命令の正本を、被告金庫に示して、保証金の支払を求めるに至つたことは、当事者間に争いがない。

右の場合、証人鈴木清の証言によれば直ちにその支払をせず、異議申立提供金の預証(提供金に対し、手形交換所は預証を発行することになつている。)を請求者に渡し、これを受け取つた請求者は、持出銀行から「不渡処分取止め請求書」を出して貰い東京手形交換所に、これと右の預証を持参して異議申立提供金の返還を請求し、その返還を受けることになつていることが認められる。

東京手形交換所の取扱要領第六項Bによれば、異議申立銀行が異議申立提供金の返還を請求し得る場合は、

(1)  事故解消し、不渡届銀行より不渡処分取止め請求書が提出された場合、

(2)  別口不渡発生により取引停止処分に付された場合、

(4)  事故未解消のままではあるが、取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして提供金の返還を請求する場合、

(4)  異議申立の日より満三ヶ年を経過した場合、

の四つに限られ、単に債権差押ということだけでは異議申立提供金の返還を受ける理由とはならないこと、又、転付命令の発布並びにその送達があると、債務者は、その債務の弁済をしたものとみなされる結果、前記転付命令により、黒川商店の本件手形金債権は弁済されたことになつて消滅したこと、は、当事者間に争いがなく、証人井上俊雄の証言によれば、右取扱要領に言う「事故解消」の原因としては、弁済・免除・転付命令等不渡手形について手形債権の消滅した場合があると、認められる(この認定に反する証拠はない。)から、本件手形については、右転付命令によつて事故解消したものといわなければならない。

≪証拠省略≫を総合すれば昭和三四年七月九日午前九時四〇分頃、黒川商店の代理人が被告金庫の窓口に来て前記債権差押命令及び転付命令の正本を提示してその支払方を請求するに至つたので、被告金庫の事務係長の鈴木清が念のため原告方に電話したところ、「取引停止処分を受けることがなければ、保証金を支払つて差し支えない。」との返事を得たので、黒川商店が、持出銀行にゆき不渡処分取止請求書を貰い、手形交換所にゆくものと思い、黒川商店の代理人に、本件手形の異議申立提供金返還請求書(これは、提供金の預証と一緒になつており、表が預証で、裏が返還請求書である。)に、「差押及び転付命令」と記入して手渡したこと、その際、鈴木清としては、黒川商店は、本件手形債権に基く転付命令によつて右保証金の返還を求めているのであるから、転付命令によつて本件手形債権は消滅し、取扱要領に云う「事故解消した」場合に該当することは知つていたこと、事故解消の場合、支払銀行としては、不渡届銀行より不渡処分取止め請求書を徴して、取扱要領の(1)号によつて異議申立提供金の返還を請求するのが普通であり、不渡届銀行も、支払銀行より事故解消を理由とする不渡処分取止め請求書の交付を求められた場合には、事故解消の事実が認められる限り、これを交付すべきものであるが、通常の場合右の通り黒川商店において持出銀行からこれを貰つてゆくものであるから、その交付を求めることなく(交付を求めなかつたことについては、当事者間に争いがない。)、又黒川商店の代理人に対し、埼玉銀行より不渡処分取止め請求書を貰つた上、東京手形交換所に提出するように、との指示もせず、本件異議申立提供金返還請求書を、黒川商店の代理人に手渡すに至つたものである(返還請求書を黒川商店に渡したことは、当事者間に争いがない。)こと、然し、黒川商店の代理人は、埼玉銀行に行つて不渡処分取止め請求書の交付を受けるなどの手続はとらず同日午前一〇時頃、東京手形交換所の窓口に右異議申立提供金返還請求書を提出して提供金の返還を請求した(黒川商店から提供金の返還請求のあつたことも、当事者間に争いがない。)こと、異議申立提供金の返還請求を受けた場合、東京手形交換所としては、取扱要領に従つて、単に提出された書面を形式的に審査して、必要書類が完備しておりさえすれば、必ず、提供金返還の事務処理を迅速に且つ機械的に進めるべきで、返還請求を受けておりながら、その処理を数日間放置するようなことはすべきでないのみならず、その請求の内容に立ち入つて調査し、真実事故が解消したかどうか、未解消の場合には、取引停止処分を受けてもやむを得ないとする事由が存在するかどうか等について判断した上、返還手続を進めるべきものではないのであつて、若し、一つ一つその調査をするとなると毎日多数の事件を処理する関係上、極めて事務繁雑となり、到底、円滑迅速な提供金返還の事務処理を行うことは不可能となること、右の事故解消の事実があるかどうか、未解消の場合には、取引停止処分を受けても止むを得ないとする事情が存するかどうかについては、専ら、不渡届銀行及び支払銀行の当該不渡となつた手形についての関係銀行において判断すべきものであり、また、(1)号によつて返還請求をするか、或いは、(2)号ないし(4)号のいずれによつて返還を求めるかは、異議申立提供金を提供した支払銀行が、その意思に基いて自主的に決定すべきものであつて、東京手形交換所においてこれを左右すべきものでも、また、左右することのできるものでもないこと、黒川商店の代理人から、本件異議申立提供金の返還請求を受けた東京手形交換所の係員の井上俊雄は、その書類を形式的に調べた結果、返還を求める理由として、「差押及転付命令」と記載してあるだけで不渡処分取止め請求書の提出もないので、取扱要領の(1)号によつて処理することのできないのを知り、同日午前一一時頃被告金庫に電話して、「返還の事由として『差押及転付命令』と記載してあるが、そのような理由による返還請求は規定上認められておらないし、又、不渡処分取止め請求書の提出もないのでどうしたらよいか。」と連絡したところ、これを受けた被告金庫の鈴木清は、同月一一日までに取消届を提出しさえすれば、取引停止処分を受けることはないのであるから、この場は一先ず(3)号によつて処理して貰おうと考え、「(3)号の事故未解消のままではあるが、取引停止処分を受けてもやむを得ないものとして一方的に返還請求をする場合として、取り扱つて貰いたい。」旨を返事したので、井上俊雄は、被告金庫の意思に従い、異議申立提供金返還請求書の「差押及転付命令」と記載してある部分を抹消して(3)号と記入して、取扱要領の(3)号によつて処理し、本件異議申立提供金に相当する金額の小切手を切つて黒川商店の代理人に交付した上、関係諸帳簿への記載、不渡届銀行に対する異議申立提供金を返還した旨の通知書の作成、赤紙による不渡報告書へ掲載手続等一切の手続を終つた(昭和三四年七月九日東京手形交換所が本件異議申立提供金の返還に伴う一切の事務処理を終つていたことは、当事者間に争いがない。)こと、井上俊雄が、午前一一時頃被告金庫に電話連絡した際、鈴木清は、差押転付命令の債権が、本件手形債権であることについては井上俊雄に告げなかつたため、同人としては本件手形債権が転付命令によつて消滅したものとは全然知らず、従つて、返還に伴う事務処理を終るまで、本件の異議申立提供金の返還請求がいわゆる事故解消を原因とするものであるかどうか判つていなかつたこと、ところが、同日午後四時頃になつて、原告から被告金庫に対して、「支払が済んだのであるから取引停止処分を受けないように手続をして貰いたい。」旨の電話があり、これを受けた鈴木清は、早速東京手形交換所に電話して、「不渡処分取止の請求書を埼玉銀行に出して戴くようにするから、本件は取扱要領の(3)号ではなく(1)号として取り扱つて貰えないか。」と依頼したところ、井上俊雄からは、「一切の手続が済んでしまつておるし、又、赤紙に掲載れても、同月一一日までに埼玉銀行の方さから取消届が提出されれば、これを取り消して取引停止処分にならないようにすることができるから、取消届を出して貰うようにしたらどうか。」との返事があつた(東京手形交換所で一切の手続が済んだ七月九日の夕刻になつて、被告金庫から(1)号で処理してくれとの連絡があつたのに対して、東京手形交換所の係員は、本日は爾後の処理を全部終つて処理済であるから、取消届を出して貰う以外に方法がない旨を返事したことについては、当事者間に争いがない。)こと、そこで、鈴木清は、埼玉銀行に電話して取消届を提出して貰うよう依頼して、埼玉銀行からその承諾を得たことが認められ、右認定に反する証人鈴木清の証言は信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、東京手形交換所は、取扱要領の(注4)の「事故未解消のまま異議申立提供金を返還した場合には、その旨不渡届銀行に通知し、その翌日赤紙に掲載し、その旨を附記する。」という規定に従い、原告を返還当日の昭和三四年七月九日の夕刻印刷の一〇日附赤紙による不渡報告に掲載して、これを同月一〇日加盟各金融機関に配布すると共に、右一〇日朝、埼玉銀行に対しては、別に文書をもつて、埼玉銀行から取消届が提出されない限り原告は取引停止処分に附される旨を附記した本件異議申立提供金を(3)号によつて返還した旨の通知をしたこと、しかるに、埼玉銀行からは、同日不渡処分取止め請求書が提出されて取消届の提出がなかつたため、東京手形交換所の係員は、前日既に被告金庫との間でやりとりがあつて受理できないものであることがはつきりしており、当日(七月一〇日)埼玉銀行に対して一方的取下により異議申立提供金が返還されてある旨の通知もしてあることなので、右の不渡処分取止め請求書に「(3)号により処理済」の附箋を下げて埼玉銀行に返送したこと、は、当事者間に争いがない。

前記乙第一号証及び証人井上俊雄の証言によれば、不渡処分取止め請求書は、不渡処分自体を取り止める効果があるのに対し、取消届は、不渡処分を取り消す効力はなく、単に赤紙に掲載して公告したということを取り消す効力を有するに過ぎないもので、赤紙掲載後これが取り消されたものについては、一年以内に更に手形の不渡届が提出されると、直ちに取引停止処分に附されることとなつているので、取消届を出す場合に全然様式効果の異る不渡処分取止め請求書が提出されても、これを取消届として流用するような取り扱いはしていないことが、認められる(右認定に反する証拠はない。)ところ、その後、埼玉銀行からは、赤紙による不渡報告のなされた日の翌日(七月一一日)の営業時限までに取消届の提出がなかつたため、遂に取引停止処分を受け、三年間銀行取引をすることができなくなつたことは、当事者間に争いのないところである。

ところで、被告金庫に対する前認定の委任の趣旨は、取引停止処分をうけないようにすることであつて、これには右認定の如き場合に(一)事故解消を理由に持出銀行に「不渡処分取止め請求書」を出して貰い、被告金庫は、事故解消を理由とする異議申立提供金返還請求書を提出して提供金の返還をうける方法と、(二)一応事故未解消であるが、取引停止処分をうけるもやむを得ないものとして提供金の返還を請求し、取引停止処分に確定するまでの時間を利用して持出銀行に交渉して「取消届」を提出して貰つて取引停止処分をふせぐ方法とあるわけであつて、成程(一)の方法をとる事が最良の方法ではあるが、依頼をうけた支払銀行としては、右のいずれの方法によるも差支えない趣旨の了解の下に委任の趣旨を承諾しているものと認めるのが相当である。してみると被告金庫としては、前認定の通り、「取止請求書」の提出を求める方法をとらなかつたことは、最良の手段をとらなかつたということはできるが、持出銀行たる埼玉銀行に対し、十分予裕ある時間内に取消届の提出方を依頼し、埼玉銀行に於てこれを承諾している以上、委任の趣旨に反しないのみならず、又取引停止処分を避けるに右認定の二つの方法がある以上、被告金庫としては尽すべき手段を適法に尽しているものと認められるので、その間に過失の責むべきものはないと解される。

又、前記認定のように、東京手形交換所の係員である井上俊雄は、「差押及転付命令」という理由で異議申立提供金の返還請求を受けたが、その請求書には、不渡処分取止め請求書の添附がなかつたため、被告金庫に連絡した結果、取扱要領の(3)号の一方取下げによる方法で返還して貰いたい旨の申出があつたので、その被告金庫の意思に従つて(3)号を適用して提供金を返還したものであつて、原告の主張するように「却下すべき返還請求を却下しなかつた。」と云うことはできないのみならず、東京手形交換所としては、返還請求の内容に立ち入つて事故解消したかどうか、解消していなければ、取引停止処分を受けても止むを得ないとする事由があるかどうかについて、調査する義務のないことは前記認定のとおりであるから、原告の「その調査義務に違反した。」との主張もとりあげることもできず、従つて、東京手形交換所に不法行為における故意又は過失があつたと見ることができないから、原告の被告協会に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、全部理由がないものといわなければならない。

前認定の通り、被告金庫の行為により、手形交換所において、手形不渡報告に掲載し、交換所加盟銀行に通知するに至つたのであるが、このことは、前認定の通り提供金返還請求するにつき被告金庫に原告との間にあらかじめ承諾を得ている方法による当然の結果であつて、原告が請求の趣旨に不渡処分並に取引停止処分と書きわけて記載し、この不渡処分の意味が右事実を指すものとしても何等被告金庫を責める理由にはあたらない。

従つて、被告金庫に対する関係ではその余の判断を待つまでもなく原告の本訴請求は理由がない。

仍て原告の被告等に対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 西岡悌次 吉永順作)

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